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トルコ周遊の旅(四日目)

表紙パムッカレ

今回のツアーも四日目、そろそろ折り返しとなります。

初日のバスタブ事件以来、これといったトラブルもなく、ドラ吉・ポチとも食欲旺盛、睡眠十分で、旅を満喫しています。

今日は午前中はパムッカレに遊んで、午後はコンヤの市内観光となります。



四日目 2014.6.28  (パムッカレ→コンヤ)


今日28日から、イスラム圏ではラマダン(トルコではラマザン=断食月)に入りました。
ご存知のようにイスラム教徒は、日の出から日没までの間、水を含む一切の飲食物を口にしない断食の義務を負うのですが、ここトルコでは戒律が緩やかで、異教徒である我々はもちろんのこと、多くのトルコ人も普通に食事をしています。


ということで、サーマルコロッセアの朝食も、ハム・チーズに果物・野菜、シリアルにスープと普通にご馳走が並びます。


サーマルコロッセア朝食


今日のメインは二つ目の世界遺産のヒエラポリス&パムッカレです。

ヒエラポリスは紀元前190年にペルガモン王国の都市として建設され、その後ローマ帝国によって征服されると温泉保養地(病人の養生地)として栄えました。円形劇場やローマ式浴場の遺跡が残り、往時を偲ぶことが出来ます。

南ビザンツ門から遺跡の内部に入ります。


ヒエラポリス(南ビザンツ門)


入場してすぐの左手には城壁が続きます。


城壁


正面に見えるのが円形劇場、剣闘士の試合も行われました。

円型劇場


足元にはまさに発掘中の遺跡、立派な石柱が無造作に転がっています。


発掘現場


運動場跡の遺跡。

運動場跡


都市遺跡の下に広がっているのが、パムッカレの石灰棚です。

パムッカレとはトルコ語で「綿の城」という意味で、もともと綿花の産地として有名で、綿の白さを石灰棚の白さに重ねて、パムッカレと呼ばれています。

石灰棚1


湧出する温泉水が崖を流れ、温泉成分の炭酸カルシウム(石灰)が長い時間をかけて沈殿してできた棚田状の崖が石灰棚です。

近年、温泉ホテルの開発過多の影響で温泉の湧出量が減って、干上がって茶色くなってしまう棚田も多くなり、バルブによって人工的に水量を調節しているのだそうで、日によってはほとんど水のない時もあるとか。

ビ○ルさん曰く、「今朝は水量も多く、素晴らしい。 皆さん、今日も運がいいですよ。」

光の加減かカメラの能力か、はたまたドラ吉の腕か、いまひとつ石灰の白さと温泉水の水色の輝きがはっきりしませんが、肉眼で見た光景はまさにパラダイス、というような世界が広がっていました。


石灰棚2


左スミの一角は温泉水が流れていないため、茶色く変色しています。

石灰棚3


案内看板を前にしてガイド中のビ○ルさん、白い石灰棚の上方がヒエラポリスの都市遺跡。

ガイド中


入れるエリアは制限されていますが、石灰棚を歩くこともでき、足湯につかることもできます。

足湯

石灰棚4


モデルは韓国人ツアーの美人のお姉さん。

石灰棚5


下の池に温泉水が溜まります。

石灰棚6


干上がった棚の底には、このような独特の模様があります。

石灰棚7


都市遺跡の中にある天然温泉プール。 見える石柱は本物の古代遺跡です。

このプール、ロシア人ツアー客で一杯。
白い肌をビキニの水着で包んだ美しいお姉さんたちの写真を撮ろうとしたら、ポチから「止めなさい、みっともない!」と叱られてしまいました。

ちなみにビ○ルさん曰く、「ロシア人は遺跡の勉強はしません、温泉プールに浸かるだけ」


温泉プール


温泉プール側から見た円形劇場

円型劇場2


世界遺産の奇観を堪能して、バスの窓からパムッカレにもお別れして、コンヤまで410kmを移動します。

石灰棚とお別れ

多くのツアーはパムッカレから一気に700kmバスで走って、カッパドキアに向かいますが、我々は今夜コンヤに一泊するので、比較的余裕のある行程になります。


右側の車窓に白い湖が見えてきました。  塩湖として有名なトゥズ湖かなと思いましたがトゥズ湖であれば位置的に進行左側になければなりません。

ビ○ルさんの説明によると、苛性ソーダが採れる湖だとか。
NETで調べてみたら、アジギョル湖ということが分かりました。

白い湖と言ったら塩湖しか思い浮かびません、やはり地球は広いな。


苛性ソーダの湖


ディナルでトイレ休憩、名物のハチミツヨーグルトをいただきました。
ドラ吉、普段から毎朝ヨーグルトにハチミツをかけて食べているのですが、全然味が違います。

ヨーグルトの濃度が違うのと、ハチミツがエーゲ海地域特産の「松のハチミツ」だからでしょう。

ところで「松のハチミツ」ですが、「松の花の蜜」ではありません。 松の花は風媒花でしたね。
松の樹液を「バスラ」という虫が食べて、その虫が出す甘露をミツバチが集めてできるそう。
さらにミツバチが「スポール」と呼ばれる松の樹皮の粉を食べてそれも加わっており、ポリフェノールの量が半端なく多いハチミツになっているとか。

抗酸化力がビタミンEの50倍、さっそくお土産として購入したのは言うまでもありません。

この地域はバラの産地としても有名です。 
バラといっても切花の産地ではなく、香水の原料となるバラの精油の産地、売店にも売っていましたが高くて手が出ませんでしたので、代わりに「ローズティー」を購入しました。

ハチミツヨーグルト


今日の昼食はトルコのピザである「ピデ」

ドラ吉とポチは大久保のオスマンさんの店で何度もいただいていたので、ビックリもしませんが、同行の皆さんはあまりのシンプルさに拍子抜けした模様。
それもそのはず、日本で普段食べているピザーラのピザのような肉類や野菜の具がてんこ盛りのピザではなく、薄い皮にチーズだけ、あるいはひき肉だけという物だからです。

ところがこれがチリペッパーを振って食べると美味しいこと、トルコビールのEFESとベストマッチです。
完食してご機嫌のドラ吉&ポチでした。


ピデ


昼食休憩も終わり、バスは単調な道を徐々に高度を上げながら進みます。


車窓の景色も変わってきました。
ここは中央アナトリア平原、一面に広がる冬小麦の畑です。 刈取りの始まった畑もありました。

小麦畑


アナトリア地方の主要都市コンヤの街に入って来ました。
人口おおよそ100万人の都会で、かつて(1077年-1308年)ルーム・セルジューク朝の首都として栄えました。

イスラム教神秘主義教団「メヴラーナ教」の発祥の地として有名です。

街の周辺部には近代的なマンションが林立していました。

コンヤ市街


街の中心部に入るとトラムが走っていました。
イスタンブールのトラムと異なり少し旧式の車両で、懐かしい思いが湧いてきました。


トラム


バスの車窓から眺めるインジェ・ミナーレ博物館。
インジェ・ミナーレとは「細い尖塔」という意味で、13世紀中期にイスラム教の神学校として建てられました。

入口の両脇の細かな浮彫がセルジューク様式の特徴です。


インジェ・ミナーレ神学校


コンヤ観光の目玉、メヴラーナ博物館です。
旋舞教団として有名なメヴラーナ教の始祖メヴラーナの廟で、現在は博物館として一般に公開されています。
中に入るために靴にビニールカバーをつけます。 中は残念ながら撮影厳禁です。


メヴラーナ博物館


礼拝前にイスラム教徒はここで足を洗い、清めます。

足洗い

メヴラーナ博物館2


有名なセマー(旋舞)、神秘的な音楽に乗せて踊るフィギュアが展示されていました。

セマー

今日は地理的にも、歴史的にもドラ吉の興味を満たしてくれる一日でした。

明日はいよいよ三つ目の世界遺産、カッパドキアを訪ねます。




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Author:kdorakichi
横浜生まれで現在は柏の住民です。
野球はドラゴンズ、サッカーはレイソルを熱烈に応援しています。
妻のポチと楽しく山を歩いています。

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